橘玲さんの著書『新版 黄金の羽の拾い方』では、冒頭部分に出版不況の構造が事細かに書いてあります。
橘さん自身が出版社のサラリーマンだった35歳時点で、1990年代半ば。
この頃からすでに本の流通の構造的な歪みは、はっきりとしてきたようです。
筆者はこの構造的な歪みが非常に興味深かったので、ここにご紹介します。
何故ならば、歪みがあるときに、新しいビジネスチャンス、ゲームチェンジャーが登場し、
業界がなくなるか、置き換わるはずなのですが
90年代半ばから20年以上経ち、いよいよそうした土壌は整いつつある。
そしてゲームチェンジャーも登場し始めているし、
一部のゲームはすでにチェンジしているからです。
筆者も、中学生くらいまでは、時間があれば近所の本屋に行き、立ち読みをしたわけです。
そこでの情報収集というのが、今思えば何よりも新しかったからです。
(筆者が中学生時代というのがまさに90年代中盤から後半です)
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出版不況の構造
なんでこんなに出版不況は長期間にわたり話され、市場は数字を右肩下がりで20年も下がり続けているのに
出版界は存在し続けているのでしょうか。
存在し続けている理由は、既得権益者がそれなりにいるからですが、
市場規模そのものが小さくなり、儲けももちろん小さくなりつつあります。
そして、プレイヤーの高齢化も進んでいます。
ここでは、若い人たちは、出版不況などとは関係のないところで事業を起こし、儲けているというのが実態でしょう。
さて、出版不況の構造ですが
独占禁止法の適用外、つまり価格での競争が起こらないルールのもとに、
古い問屋制度がいつまでも存在し続けていることが根元になります。
普通、需要と供給のバランスで価格は決まります。それが本であれなんであれ、市場経済では普遍のはずなのですが
本の価格はどこで買っても一定です。
つまり、流通で、顧客との接点となる書店は、定価販売を強制されています。
そのため書店にも特殊な慣例として、返本制度があります。
本は
「出版社」が作り、「印刷所」を経由して「取次」に搬入され、「書店」に配られます。
「取次」は大きな力を持っていました。今は、倒産が後を経ちませんが、、、
なぜ取次は大きな力を持っているかというと、「金融業」も兼ねているからです。
1000円の本を1万部作った場合の例で考えます。
ここで発生するのは売り上げ1000万円です。
この1000万円を出版社70%(700万円)、書店25%(250万円)、取次5%(50万円)で分けるとします。
1000万円は必ず全部売れるわけではなく、書店から売れなかった分の返品があります。
返品率が20%なら売り上げは800万円ということになります。
※現在の実際の返品率は、30~40%くらいというところでしょうか。
ここで不思議な慣習があります。
大手や老舗と呼ばれる出版社は、返品率を考慮せず、本を納品した翌月に借り売り上げ1000万円に対する取り分、700万円を一括で受け取ることになります。
その後、6ヶ月ほどすると書店から取次に返品があります。返品率が20%とすると、取次は出版社に140万円余計に払っていることになります。
140万円は返済してもらわないといけません。
これを金融的に考えると、
出版社は140万円を無利子で借りて資金繰りに当てていることになります。
これは銀行から融資を受けるのに比べても法外に有利です。
何故こうなっているのかというと、
取次の株式の大半を大手出版社が保有しているからです。
取次は、株主の意向に逆らうことはできません。
この仕組みがあるからこそ、取次は相次いで倒産しているようです。
取次が潰れないように、新たな契約に関しては「正味」と呼ばれる仮払い率が引き下げられ、支払期日も先延ばしされました。または「歩戻し」と言って予想される返品分を刈り払いから差し引くことも登場しました。
このように、出版社については、古い契約(古い出版社)と、新しい契約の新しい出版社で、取次の取引条件が大きく違うそうです。
つまり、当初の契約が既得権になっているようです。
出版界は「再販制度」によって国家の保護のもと、競争が制限されています。
この状況では、既得権層には制度を変える理由がなく、新規参入者が差別されます。
ただし、新たな出版社が健闘した結果、この制度の歪みは極めて大きくなっていきました。
まとめると、出版社は以下のバイアスで動きます。
・たくさんの本を作る
・部数を多くする
取次には以下のバイアスが働きます。
・返品率を下げる
取次は出版社に無利子で融資しているも同然なのですが
結果として出版社は自転車操業を余儀なくされます。
つまり、無利子の融資分を投資して本を作るのですがその本もまた、無利子の融資を生み、その融資を持ってまた投資して本を作る。。。
仮に、永遠にこの自転車操業が続くならば、最初の140万円という融資は、天から降ってきたお金です。
これを「シニョリッジ(貴族の特権)」というそうです。
売り上げを維持できていれば、この濡れ手で粟のお金をもらい続けることができます。
返品率が上昇するとこの構造は崩れます。
出版社の返金が140万円を超えると、出版社は現金でそれを用意することになります。
しかも、返品率が高まれば、それに伴い、次の本の返品率も高く見積もって売り上げが作られます。
そうして、窮していく出版社がやることは1つ。
新刊を作って、部数を上げることになります。
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さて、取次と書店の関係ですが、
例えば、100万円分の本を取次から仕入れた書店は、本が全部売れれば、売り上げは100万円で、取次は75万円、書店の取り分が25%ならば25万円の利益になります。
本が売れない場合、書店が仕入れを在庫にすると、取次は100万円売れたことになるので、書店から取次には75万円を支払うことになります。しかし、書店では本が売れていないのですから、書店には75万円はありません。
なので、売れ残りを全て返品することになります。
書店は経営が厳しくなると在庫を返品することになります。
書店はベストセラーを中心に本を仕入れ、売れないものは返品する。
取次は、返品率が上がると出版社への仮払いで経営が圧迫されるので、書店からの返品が無いように納品します。
ここで書店と取次の利害関係が対立します。
返品をしたい書店と、返品をさせてくない取次という構図です。
再販制度により「価格が固定」され、
取次が「金融業を兼ねる」。
本が売れなくなる
↓
出版社は新刊を増やす
↓
取次は返品率を上げたくないため仕入れ部数を減らす
↓
書店に並ぶ本が少なくなる
↓
本の売れる数が減る
出版市場は、ピークの96年、2兆6560億円に比べ45%減少し、2016年には1兆4700億円になっているということです。
規模的には40年ほど前の、1980年の規模だそうです。
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ここまで、橘さんの著書をもとに書かせていただきましたが、
- 「価格が固定」され価格競争がない
- ビジネスの根幹である流通部分で取次が出版社に無利子で融資する謎の状況(貴族の特権)→最初にこの流通ビジネスを作った人はよくやったなと思います
- 紙の本が売れないという時代までは見通せず、本が売れない実際
- しかし「貴族の特権」の強固さゆえに右肩下がりでもまだ残党がそれなりにいる
というような事態なのではないでしょうか。
非常に長くなってしまいましたが、「貴族の特権」を最大化した初期の出版社は、
その既得権を護送船団で最大化し、一人頭の給与も高い状態を作った。
それは概ね1990年代までは続いていたけれど、そこから階段を転げ落ちるように数字が付いてこなくなった。
「良い本」を作るにも、資金が必要で、その資金は取次からの無利子の融資という、貴族の特権から発生するものだった。
そこを知らずに、良いものを作れば売れる、という盲目的な状態が続いてしまい、
流通はネットに流れ、コンテンツの内容も、素人クリエイターがレベルを上げ、ユーザーの嗜好は多様化、多彩化が進行した、
という状況なのではないかと思われました。
橘さんの根幹には、この出版界の歪み、そして崩壊があるということでしたので、
非常に示唆に富む内容でした。
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